詩

 6      あさあゆむ詩集『窓』
  T
 
 
 
どんなに 語り明かしても
語り尽くすことはない
 
どんなに忘れ去っていても
忘れ切ってしまうことはない
 
生活の 扉のなかにひそむ
平和よ
 
 
  U
 
 落日
 
何てやさしくおれを責めるんだ。
めくら滅法撃ちまくった。
ベトナム人が見えてくる。
燃えた手がおれのなかに入る。
 
昔祖先は
遠征軍を撃ち破り
アメリカをつくり上げた。
なのにはるばる遠い国までおれはやって来た。
 
恋人たちが肩を寄せ合う夕暮れ時。
胸をかきむしる
流した血の思い出。
 
何てやさしくおれを責めるんだ。
故郷ではママが夕食をつくってる。
いや、今は朝か。
食事が始まりお祈りを捧げる。
 
 主よ、罪深き我等に御力を。
 どうか守り給え。
 アーメン。
 
パパ。ママ。ジムとジュディ。
おれの無事を祈るだろう。
東洋まで行き
合衆国の栄誉を担い戦ってる息子や兄のこと。 ―― 
 
だがこれがおれの罪なのか。
はるか故郷を離れ
血で汚れた兵装で
落日に見入っているおれの。
 
機関銃を撃ち込んでた 相棒は
ついさっき死んじまった。
 
真赤だ。
何てやさしくおれを責めるんだ。
明日はおれか?
それとも血の思い出がまたおれの胸をかきむしるのか?
 
アメリカよ!
 
 
 見えない敵
 
オキナワから
サイゴン
飛行機では わずかの時間が
おれの生涯を決めた
 
敵が見えない
標的がない
影がどこにもない
砲弾が飛んでくる
おれは不利だった
 
三時間
その間に
おれの何が変ったのだ
 
 
 チューインガム
 
大きな男の
よじれる口の動きに
ずっと目を奪われていた
 
サニーは
銃声のないのどかな時間に倦きていた
歩哨の任務は
彼をいつも滅入らせた
 
 野原に牛があそんでいる
 近くの小川
 彼はよく出かけていった
 
 決って夕方になると
 ママの声がした
 それから野道を駈けていって
 手を洗うと急いでテーブルについた
 静かなジョージア
 
だが
だが目の前にあるのは
赤茶の土 黄土色のテント
はだしの黄色の皮膚だった
子どもが じっとこちらを見つめていた
 
チェッ!
サニーは舌打ちと同時にガムを吐き捨てた
今度は子どもは地面と彼を
交互に見つめた
そのときすばやく胸ポケットから
サニーはチューインガムを二枚引き抜くと
子どもの前に差し出した
 
見知らぬ人から
物をもらってはいけない
母の言葉
でも 大きな男の
くちゃくちゃ動く口のようすが
頭から離れなかった
 
目を大きく開き
笑うと
ガムを手にし
後を向いて歩きはじめた
 
一瞬
サニーのM16自動小銃が
キューのからだを吹きとばした
 
 
 新聞
 
目を覚ますと 僕は待つ。
日曜の食卓に
向きあって
待っている。
 
土曜日が来て
はやく日曜が来ればいい。
本も読める。映画にも行ける。
過ぎていく日を
明日の期待にやり過ごし
待っていた。
 
テレビの前に費消する時間。
同じ時
ベトナムでは戦いが駈け
人が死んでいく。
その遠い音がインクに染み
今 戸口で音をたてる。
 
活字を追う。
しかし
文字を追っても
手さぐりの中
たどっていっても 何もあらわれない。
 
死んでいった人の声は消え
命をかけ たたかう兵士の
ほんとうの姿はみえない。
 
 ―― 活字の向こうの
  真実
 
小さな笑いに充ちた 部屋に残る
 
叫び
 
 
 昼の街
 
プラタナスの枯葉を
二人の靴が踏んでいく
足音は車にかき消され
空に雲がちぎれる
 
ビルと車と空と
衣をとった街路樹がつづく
 
この空間につづき、ベトナムやチリがある
歩いていく時間の流れのなかに
変ぼうする故郷がある
 
ぼくを見るきみの眼に
あの少年たちが見えるか
 白い歯をし笑って立っている
 血のしたたる首を手にさげた少年
 
 渦巻く河の流れに
 子どもを 一人は背負い
 一人は脇に抱え逃げていく 母の姿
 
 斧で断ち切られた指がギターをかき鳴らし
 それに合せ歌っている人人の姿
 
 都会の煤煙のなか息絶えようとしている
 戦争で家族をなくした男
 
青い空
すこし肌寒い風
そのほかに?
 
 
 秋のうた
 
街を歩くと
街路樹の空に
雑誌や新聞で見た
悲痛なベトナムの姿が見えた
 
  黙り通す農夫
  竹が割れ打ち通す兵士
  いっときの後 一発の銃声
  血がシャツに溢れ農夫が倒れる
 
〈いや、あの音はマフラーの壊れた爆音
 溢れた血は塀に激突したドライバーの遺物〉
 
空はなぜこんなに澄んでいるのだろう
 
  逆さ吊りの娘のからだが 床に落ちる
  鈍い音が続き 娘の顔は炎える
 
  電極が からだに付けられ
  娘は苦痛に揺れる
 
〈いや、あれは空に映った幻
 過ぎた日の悪夢〉
 
空はなぜあんなに遠くつづいていくのだろう
 
  監獄のなかに撃ち込まれる催涙弾・嘔吐弾
  振りまかれる生石灰
  棍棒の雨
 
  「政治囚」たちの 抵抗の声
  湧き起こる蜂起の叫び
 
〈いや、あれはデモの隊列からひろがる
 シュプレヒコール 若者たちの歌〉
 
足音は 空に吸われる
 
なぜ空は
どこまでもあんなに ひかるのだろう
 
更新日時:
2007/05/23
 7      成田豊人詩集『箍』
更新日時:
2008/02/27
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Last updated: 2008/2/27